低酸素耐性と硫化物の代謝
Posted by | 砂川 玄志郎, 理化学研究所 生命機能科学研究センター 老化分子生物学研究チーム 兼 網膜再生医療研究開発プロジェクト |
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投稿日 / Date | 2021/07/08 |
2005年にマウスは硫化水素を吸入させると休眠に近い低代謝・低体温が誘導できることが報告された。しかし、硫化水素吸入は繰り返し行うと低代謝効果が薄れていく。この論文は硫化水素の繰り返し吸入を受けたマウスが低代謝にはならないが低酸素には強くなるという発見から始まる。わかったことは、硫化水素によるプレコンディショニングによって硫化水素を分解する酵素sulfide:quinone oxidoreductase (SQOR)が増加し、SQORの量が増えれば低酸素への耐性が高まることである。低酸素は生体内では硫化水素が産生を促進し電子伝達系のブロックを行うため、SQORの増加によって硫化水素の電子伝達系の阻害が軽減されているという仮設を立て、実験的に実証している。興味深いことに、冬眠動物であるジリスは神経におけるSQORがマウスと比べて高く、冬眠中はさらに高まることである。ジリスの脳にAAVベクターを用いてSQORの量を低下させたときに、細胞レベルで低酸素へ対する応答が変化することも確認されている。最終的にマウスの脳虚血モデルにおいてsulfide scavengerの投与が症状を軽減することを示し、硫化物の量を減らすことで低酸素による神経障害を軽減できる可能性を示している。臨床への応用もさることながら、なぜ生物種によってSQORのベース量が異なるのか、もし冬眠動物で普遍的に高いとしたら、どう解釈したら良いのだろうか。